判断基準
医者より、認知症。と診断された方がいるとします。そして、その方が共同生活上、それに支障がでる行動をされているとします。また、その方には身寄りがいないとします。最後に、その方の性格が、とても執念深いとします。。
共同生活に支障をきたしている状況で、他の方からのクレームがある。。
皆さんだったらどう判断し、行動しますか?
この判断基準に、大きな違いが出る時代になってきたと私は思います。。
年末、埼玉県和光市のコミュニティ会議に出席をさせて頂きました。。それを扇の要としてコーディネートをされていたのは、東内さんでした。8件のケアプランに関して協議をしていきます。。
いろいろ胸を打つ場面がありました。意識の高さに敬服する事も多々ありました。
1つだけお話すると、認知症の方のケアプランケースの時でした。ケアプランの中に、認知症を重度化させないプランが無かったのです。そこで東内さんは、ケアマネさんを厳しく叱責します。。『誰の為にケアプランを創ってるの?』
和光市民の生命と財産を護る。。ここに集中し、ここの視点で事案を見つめる。。そして、現場にもその意識を持たせる。。
強い信念と覚悟の中で生きていらっしゃいます。。
私も同じ考えですし、その基準を持っているつもりです。。ただ東内さんと違うのは、信念と覚悟が薄い事です。まだまだあのレベルには・・ という状況です。
では何が違うのでしょうか?
それは、東内さんが、その信念をど真ん中に持ちながら、厳しい現場を自らの足で廻り、その厳しさの中で自らも関わり・・ という事を実践し続けてきた中で、その信念が益々強くなっていったのだと思います。相当、悔しい想いを沢山してきたのではないか?と思います。
私も現在、その道のりを歩ませて頂いています。奥歯を噛み締めながら過ごす時も多々あり、東内さんの事を思い出しながら、自分の気持ちを落ち着ける様にしています。。
きっとベストな3方良しのプランがあるはずだ! と確信めいたモノはある。といつも思っているのですが、力不足は否めません。。
力が欲しい。。今は、それを身に付ける為、日々積み重ねて行くのみです。。
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