妻の誕生日。
おはようございます。
よい天氣に恵まれた5月22日木曜日です。
今日は妻の誕生日。
私たちが付き合い始めて32年になりました。
思えば遠くに来たもんだ。。
お付き合いが始まり2年が経過したころ、私は就職活動の真っ最中でした。
自分の可能性を試したい私。
私の性格を知っている母。そして身体に障害がある事も知る母。その母は、自分が努める公務員になるよう勧めてくれていました。
私の心の中は、微妙に揺れ動きます。
東京に一週間程いき、52社程、飛び込み訪問をしました。
『福岡大学法学部4年、鷹尾剛と申します。人事担当の方と合わせて下さい。』
『お約束はございますか?』
『いいえ。アポイントなしで参りました。申し訳ありません。どうぞお取次ぎの程、宜しくお願い致します。』
当時私には、家族のオリンピックをやりたい!という夢がありました。
ワクワクしている。から、だんだんとやるんだ!やらねば!という感じに変化し、少々プレッシャーを感じる様にもなってきていました。
毎回、人事担当者の方に取り次いで頂いた後は、就職の事を自分の売り込みです。
しかし、ケンモホロロ.. 相手にされない事がとっても多かった。
中でも本命のとある旅行代理店。
その会社の本を読み、益々就職したくなっていました。
ここなら自分の目標が実現できる。
そう想って本社に飛び込みです。
すると、〇〇課長が対応してくれました。今でも名前を憶えています。
いつもの通り、自分の計画を話していました。
しかし、相手の顔が 『この田舎学生』という様に言っている様に感じ、聞く姿勢もふんぞり返る様な感じに見えました。
『このままではいかん。。』
と思いながら進んでいると、何か質問をされたのです。
その質問の流れで、私が身体障がい者の手帳がある話になりました。
すると相手の聴く姿勢が変わります。
そして最後は、
『福岡に帰ったら、すぐ履歴書を送って下さい』
と言われたのです。
私には、私の計画ややる氣を認めてくれて、そう言ってくれたとは到底思えませんでした。
そして
憧れであった会社が、つまらない会社へと、一瞬にして変わったのです。
福岡に帰り、彼女(現、妻)と会いました。
落ち込んだ私は、『お袋がいう道に進んだ方が良いのかな?』
としょんぼり言うと
『七転び八起き』
7回転んでも、8回起き上がればいいじゃないか!
と言われたのです。
その言葉にハッ..としました。
『そうだ、確かにそうだ。こんな事で諦めてはいかん!』
この後押しが支えとなり、前を向いて歩む事が出来た事を今でも忘れません。
その妻の〇〇歳の誕生日。
私なりの祝い方で、産まれてきてくれた事に感謝をしたいと思います。
それでは、今日も最後までお読み頂きまして、ありがとうございます。
皆さまにとりまして、今日が最良の日になりますように。
チェスト!
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