追悼
おはようございます。
令和3年9月3日金曜日の朝を迎えました。
豪雨・雷雨の朝です。
平成9年の7月28日。
私の父は、亀山栄光病院のホスピス病棟で息をひきとりました。
その日も、今朝の様な豪雨でした。
昨日の朝も同じようなあさ..
師匠、下稲葉康之先生が、最愛の奥様のもとにいかれました。
父の時と同じ豪雨の朝でした。
そしてまた、妹の誕生日がくしくも命日になりました。
一生忘れることはありません。
このブログを始めた当初、私は『人間見聞録』シリーズで投稿を始めました。
『人間見聞録』とは、私が27歳の時に、鶴崎大先輩さんと一緒に始めたマルコポーロクラブの活動の一環で始めた活動です。
当時の日本はバブルがはじけ、新しい企業が誕生しずらい状況。一方、アメリカはゴア構想によりインターネットがスタートし新進気鋭の企業がたくさん産まれる状況でした。
この違い..なんなん?
今度は、日本がアメリカにも学び、世界の良いところも勉強し、日本古来の良さに日本流に加えることが必要だとの判断でつくったのがマルコポーロクラブでした。そして、人間見聞録は、日本と世界との懸け橋になっている人にスポットをあて、その方から学びつつ、ネットワークをつくり、大きな輪にし、日本を元気づけようという趣旨だったのです。
私の師匠、下稲葉康之先生は、まさにそういう人でした。
終末期医療の世界から「ホスピス」を行い、それが人生のなかで主流になるような生き方を提唱され実践されました。
社会がこの「ホスピス」で生きると、どんなに良いことかと思います。
その先生の意志を引き継ぎ、生きていきます。
この場を借りて恐縮です。
下稲葉康之先生、ありがとうございました。奥様とゆっくりお過ごしください。
私達は、先生の意志を引き継ぎ、懸命かつ実直に実行します。
どうぞ見守って下さい。
ありがとうございました。