人間見聞録・・鷲尾さん

おはようございます。10月も18日となりましたね。早いですね・・時間と戦っているので、なんだか焦ります。

話は変わりますが、私は、『鷹尾』と言います。しかし、よく『鷲尾』と間違われます。

ある時、診察の為病院に行きました。待合室で待っていると、『鷲尾さーん、鷲尾剛さーん』と言うではありませんか。『あっ、俺の事を言っている。無視しよう。』『鷲尾さ~ん、鷲尾剛さ~ん』ともう一度いうではありませんか!!

『いい加減にしてくれ・・・』と言う思いから、『あの、すいません。鷹尾(タカオ)でしたら私なのですが・・・』と言ったところ、看護師さんが私の腕を掴んできて『すみませ~ん。鷹尾剛さんでしたね。すみませ~ん。』と言うありさま・・・

何で間違えるんでしょうね?

今日も朝事務所に来ると、鷲尾剛様・・で手紙が届いていました。

何で間違えるんでしょうね?

『鷹』 と 『鷲』 全然違う字ですよね。これを何で間違えるのか???why・・why・・whyです。

名前を間違えられると、嫌な気持ちになりますよ・・自分がされて嫌なことだから、人にはしない様にしなくては・・

人の名前を間違えないように・・間違えないように・・間違えないように・・

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人間見聞録・・衝撃が走る

昨日は、ブログを書けませんでした。ブログが書けないと、何か物足りない感じになります。

昨日は、今度、小規模特別養護老人ホームを創られるとある社会福祉法人さんと一緒に、熊本の社会福祉法人青山会さん、太刀洗にある社会福祉法人希望の丘さんを見学に行きました。

両者とも、ユニットケアを行う特別養護老人ホームを運営されています。今回の小規模型もユニットケアになる為、ユニットケアの考え方、その考えに則した施設創り、運営に対する考え方を勉強に伺いました。

このツアーには、設計士の深田さんも一緒に行き、いろいろと勉強させて頂きました。

この両者に共通していた事項としては、共に、職員さんが挨拶を良くされる点、掃除が行き届いている点、制服を着ない点、施設ではなく家・・を意識している点、働いているスタッフの表情の良さ・・の点があります。

また、表現方法の異なる点として・・青山会さんは、個性を重んじている感じが強く、それぞれのユニットで、設えが全然違っており、全く違う街がいくつもあり、街を歩いていても面白い・・って感じがあります。

それに対して、希望の丘さんは、すっきりしており、整然と、法人の個性がだされているような感じでした。

どちらがどうのこうの・・・ではなく、お互い、大変勉強になり、今回の計画を、実りある物にする為にはとってもいい時間となった事は間違いありません。

この見学で、私の中で衝撃が走った事がありました。

希望の丘さんは、平屋の建物で、それはそれは、今までの特別養護老人ホーム的な施設概念とは全く逆のまさに家でした。隅々まで、法人の意志が盛り込まれ、配慮の行き届いた建物になっていました。この建物を造ったのは、一条工務店さんだそうです。

私は、以前、ミサワホームで仕事をさせて頂いた当時に、高校の野球部の同期が、一条工務店さんに就職していた関連もあり、この会社の事を、少しばかり知っていました。

希望の丘の萩原常務さんが、一条工務店さんとのいきさつからお話をして頂き、今、とっても感謝している・・・と心底感謝されている姿を拝見させて頂いた時に、衝撃が走ったのです。

何故、衝撃を受けたのか?どんな衝撃だったのか?・・

当然、社会福祉法人の事業になるので、建設会社を決めるのに入札があります。その入札も、談合ではなく、きちんとした競争入札です。この入札を、一条工務店さんが落とし、あれだけ感謝される仕事をしている現状と、私が抱いていた一条工務店さんに対する認識に余りにもずれ・・があった事に対し、『もしかしたら、俺って、他にもこんな事があるんじゃないか?既に変化している人を、昔のままの印象で見ていたりしていないか?その方を、現状の目、冷静な目、固定概念を持たない目・・で見ているか?』と思ったんです。

そう思うと、『ガビーン』と衝撃が走りました。

私は、少し油断をすると、この様な傾向になります。怠惰なんでしょうね。いつも意識して、自分を厳しく見つめながら生きていないと、ほんと、してはいけない事をしてしまいます。

おはずかしい限りです。以後、気をつけます。

気づかせてくれた萩原常務さん、本当に、ありがとうございました。それと、一条工務店さん、すみません。

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人間見聞録・・壁との戦い

昨日、私の前に壁がやってきました。

壁とは、逃げたくなるような出来事があり、その中から私が最も嫌な心理状態がやってくる時の事です。これを、どう乗り越えるか・・・

鷹尾家は、子供にすっごく投資しており、毎月、ヒーヒィーヒヒーンっと、悲鳴をあげている所です。わかっていた事ですが、その渦中にいる今は、嵐の中にいるような感じです。今さらながら、父・母は大変だっただろうな~と感謝したり、親の気持ちがわかる今日この頃です。

昨日も、妻よりある相談がありました。その話を聞き、どんよりする心境になり、心と頭と体が硬直する様な感じになっていく自分に気づきました。

そうなんです。ここが私の壁なんです。弱い所なんです。ここを鍛えないといかんとです。

私は、暫く、自分と会話をしました。『何を不安に思っている?』『どこが怖い?』

よくよく問いただしてみると、怖い・怯えている対象が無い事がわかりました。『あれ、あの感覚は、あの恐怖は、何で俺を襲ってきたんだろう?あれは一体なんだったのか?』

後で思ったのですが、それは、1つの現象から想像できる今後の現象やイメージ的なものに捕われているだけ・・だったんです。そして、そこだけしか見ていないので、1つ1つを丁寧に掘り下げて、事の本質を見る事が出来ていなかったのです。だから、具体的な方策を考え、それに対応する行動も興す事無く、怯えながら、時がすぎるのを見ていただけだったような気がしてきました。

そう感じた為、本質は何か?から始め、1つ1つ丁寧に考え、整理し、これらを解決する為の方策を、具体的に立案し、具体的に行動する事をイメージし、ペーパーに落とし込むと、『何を怖がっていたんだろう?何に怯えているんだろう?』という感じに変わりました。

今まで、私の弱点は、そこにあったと思います。しかし、今回、乗り越えたい壁を克服する方法を見出せた事は、自信になります。解決する必要のある問題は、大変ハードルが高いですが、これを超える方策がイメージできた事で、後は、それを信じて、コツコツと実行していけば、必ず、解決できると思います。

妻との二人三脚で、この難局を乗り越えれば、更に絆は深くなっていくと信じ、もくもくと行動していきたいと思います。

てな事を真剣に書きました。皆さん、こんな私は、可笑しいですか?

私が、このブログに、こんな事を書くのには、大変意味があります。『こんな恥ずかしい事をよく書くよね~』って言う人が多くいると思います。しかし、このブログは、私にとって、救いの神です。

こんな恥ずかしい事でも、意志を持って書く事により、確実に自分にプラスになります。そして、変なプライドも見栄も捨て、真に向けて歩む・・・余計な贅肉がとれてきた感もあります。その結果、自分の事がだんだん好きになる事ができる様になりました。

やはり、自分の事が好きになれないと、人に対しても、そうなれないし、人を支える・・事はできません。人に頼る事はあっても、支える事はできません。

このブログを通じて、なりたい自分、好きな自分・・・に近づいている事に凄く喜びを感じます。

是非、皆さんも、有効に、ブログを活用する事をお勧めします。

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人間見聞録・・喜楽

この3日間の事について書きたいと思います。

10月9日(土曜日)は、朝から長崎日大高校野球部の練習見学に行きました。それも夫婦で・・・ 看護師をしている妻は、シフト制の勤務をしており、中々、土曜日や日曜日が休みになりません。息子が頑張っている姿をみたいだろうと思い誘ってみると、『いきたーい・・』の返事。おにぎり・お茶・コーヒーを持参して、諫早に向けて出発です。

グランドについて、いつもの定位置に車を止め息子を探します。私達は、息子が嫌がるだろう~と思い、グランドから少し離れた所から、練習を見学しています。どんな練習をしているのか?は、野球をしていた私にとって、とっても興味深く、元来、試合より、練習を見るのが好きな私にとっては、ハッピーな時間です。

11:00に到着し、19:00までのロングラン、妻と一緒に、車中から練習見学を堪能しました。それから福岡に戻りましたが、帰りの途中、息子から電話があり、とってもハッピーな報告を貰いました。今でも、その事を思い出すと、心が晴れます。

10月10日(日曜日)は、栄光病院のホスピス病棟で、妹のコンサートがありました。

当日は、母もコンサートに来る予定になっていましたが、私としては、父が栄光病院で亡くなって13年、それからはじめて栄光病院の土を踏む母が、父の事を思い出し、涙にくれて、深い悲しみがよみがえるのではないか?と心配していました。

栄光病院のホスピス病棟に付き、会場つくりを手伝っている時、当時の担当看護師である佐藤さん(男性)が来てくれました。それも母に会いたい・・という事で・・母も、佐藤さんとの13年振りの再会に、悲しむと言うか、懐かしい気持ちと、感謝の気持ちで、私が心配するような事はありませんでした。

コンサートが始まる前、どこかでお会いした方がいます。『どこであったっけ・・』と思い出していると、『ウィンディーの順子さんだ!!』と思い出し、早速挨拶。『どうも』『あら~』『今日は、妹が歌うのできました。』『実は、私は、こんな事もしているんです。もともとクラシック出身なんで・・』と会話をさせて頂き、早速コンサート開始。会場には、ベットごと来場されたホスピスの患者さん、一般の方を含め、約50人位の人が、栄光の間付近で、おごそかにコンサートを鑑賞致しました。

10月11日(月曜日)は、叔父の3回忌です。久しぶりに、叔父・叔母・従兄弟と会いました。叔父や叔母は、80歳前後の年齢なので、伺う話は全て参考になる内容でした。そして、子世帯にあたる従兄弟たちの心配毎についても、参考になる内容でした。叔父のお陰で、とっても良いヒントを貰ったり、やっぱりこの方向でいいんだ・・という事もわかり、感謝しています。叔父は、歯科技工士をしていたのですが、脳梗塞から、利き腕が不自由になり、その後は、必死のリハビリで、グラフィックデザインの仕事を行っていました。お互い、人生の途中から体が不自由になった者同士として、気持ちも良くわかり、支えあってきた関係上、随分、叔父には可愛がってもらいました。お経の最中も、遺影の中の叔父とずーと目があい、自分に正直に生きれよ・・って言われている様でした。

夕方、自宅に帰り、素振りをしていたら、脳梗塞から右麻痺のあるお爺ちゃんが、いつもの様に歩いています。このお爺ちゃんは、朝と夕、毎日歩いています。最初の頃は、『こんばんは』と声をかけても、無視・無視・無視でしたけど、最近は、うなずき・手を上げてのサインをしてくれる様になりました。言葉が出にくい事を察する事の出来なかった未熟さを痛感しました。

夕食も済ませ、22:00位だったでしょうか、兄貴的存在の安河内さんから電話がありました。『5分でもいいから出て来い・・』と言う事でした。焼鳥『大助』で飲んでいたら、珍しい人と会った・・との事で、紹介したい・・という事でした。ドキドキしながら、大助にいくと、カウンターにプロスポーツ選手ではないか?と思える感じの、笑顔の良い青年と一緒に安河内さんが飲んでいました。

『やっさん・・』『おお、ちょっとここ座り・・』カウンターには、その青年の名前と電話番号が書かれた紙があります。『あのね、今日、のんどったら、この兄ちゃんと二人きりになって・・話をしたら、餃子の全国チェーンをつくりたい・・という話をしんだけど、また、大きな事を言う兄ちゃんやな~と思いよったけど、目の輝きや、計画性に、まてよ、この人は本物かもしれん・・と思ったんで、是非、紹介したい・・と思ったもんやから・・』

この安河内さんは、私が25歳位の時から、ずーと支えて貰っている先輩になります。今まで、こんなケースはありませんでした。初めてです。

嬉しくもあり、やっさんは、歳をとったな~と言う感もあり、とっても感慨深いひと時でした。

いつも気にかけてくれている人がいるんだな~ いつもどこからか、見守ってくれている人がいるんだな~ いつも、人を思っている自分がいるんだな~

そう感じると、豊かで、優しい気持ちになれます。この様な方々の為にも、ピンーと自分で立ち、役に立てる人間になりたい・・と思います。

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人間見聞録・・伸びる人

昨日、2つの嬉しい事がありました。

1つは、昨晩、とある大学生のブログを見ていた時です。

その方は、現在、大学野球をしており、夢に燃えて邁進しています。

『野球の練習をしている時、お母さんが、中学生の息子さんを迎えにきている光景を見た。母ちゃんに似ていた。その姿を見た時、幼い時の事を思い出した。いつもいつも送ったり、迎えに来てもらったり、嫌な顔1つせずしてくれた。俺が肘を故障した時、父ちゃんは、願掛けで、好きなタバコを止めた。悔いのない様に好きなだけ野球をやりなさい。とも言ってくれた。今、自分が野球が出来ているのも、多くの人の支えがあるお陰だ。感謝の気持ちを忘れずに今からも野球に取組みたい・・』と言う様な内容でした。

私は、思わず涙が出るくらい感動しました。

この様な感性を持っている人、またそうでない人・・・世に中にはいると思います。私は、伸びる人、伸び悩む人の違いはどこにあるのだろう?とこの頃、ふと考えるのですが、このブログを拝見させて頂き、この違いかな~と思いました。本当に、大きな違いだと思います。だから、直ぐ感謝できる人になるかというと、それはまた違います。そこにいきつくまでの過程が必要で、心の底からそう思えるようになるには、それ相応の体験を経ないとできないと思います。

あの大学生は、いろいろと苦労をし、決して諦める事無く真摯に野球に取組んだ為に、甲子園を勝ち取りました。甲子園でも活躍しましたが、怪我により無念な思いをしました。そして、今、大学で活躍されています。その根底には、今までの経験の中から、感謝できる人間力を身につけているのだという事がわかり、納得した次第です。

もう1つは、息子の担任の先生より、息子が甲子園に行った時と運動会の時の写真が出来上がり、息子に渡す前に、先生が携帯写真を撮り、メールで送ってくれたその気持ち・気遣いです。

今まで、先生とは、夫婦で2度お会いさせて頂いています。そして、たまにメールで近況をお伺いすると言う事をしていますが、その中で、先生が何かを感じ取って下さったのでしょう・・

突然、息子の写真を送って下さりました。寮生活をし、中々逢えない・・声も聞けない・・状況の中、先生のこの気遣いが何とも嬉しかった。

感謝・その人の欲求や、その人の心の底にある切ない思いに対する気遣い・・・この様な事が出来る人は、伸びる人だと思いました。私には、まだまだ、修行しないといけない所が、沢山あるな~と思いながらも、とっても心が爽快な中、俺もやるぞー!っという思いになった昨晩でした。

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人間見聞録・・井上愛さん

昨日、田川高校野球部OB会より、メールが届きました。

『何だろう?』と思い、メールに目をやると、以下の様な内容でした。

井上愛・・(いのうえ あい)という歌手が、今年の7月7日に歌手デビューをしたとの事。

井上愛さんは、我が母校 田川高校野球部のマネージャーを行い、平成17年に卒業をしている・・という内容でした。そして、野球部のOB・OG会で、彼女を応援しよう!!という事が書かれていました。

どの様な人だろう?とネットでみますと、NHKのど自慢大会の優勝が、きっかけの様ですね。歌っている歌の内容等についてはまだ私も知らないのですが、ネットに写っている写真を見ますと、心に響く、温かい応援ソングの歌い手の様な感じがします。

地元田川から、また、我が母校、我が野球部の関係者から、自己実現に向けて、まっしぐらに歩んでいる人間が輩出されている事は、とっても嬉しい事です。天国にいる伊藤先生も、たいそう喜んでくれていると思います。

田川高校では、『水平線上に突起をつくれ』をおそわります。自らが、突起となり、世の中の役に立つ人間となれ!!とおそわります。私は、まだまだ突起になれていませんが、井上さんの話を伺いますと、嬉しくもあり、刺激にもなりで、じっとしているわけにはいかないぞ!と思います。

前回このブログで『鷹尾 剛 逢いたい人リスト』に書いている渡辺淳さん・・に引き続き、井上愛さんにも逢いたい・・と思います。そして、秋元やすしさんにも会いたい・・と思います。

井上さん、顔張って(笑いヨガ・・西嶋先生が使用している頑張って)!!応援しています。

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人間見聞録・・渡辺 淳さん

昨日は、くわのみ荘跡部理事長より、メールを頂きました。とっても・とっても嬉しい内容でした。ワクワク・ワクワクです。

そして、才木さん、西嶋先生からもメールを頂きました。才木さんから頂いたメールを拝見させて頂きました。やはり、恐るべし才木さん。私は、才木さんのメールを見て、月までロケットで飛んで行きそうになりました。西嶋先生からのメールは、鷲尾さんと書かれており、西嶋先生の笑いヨガにかける鼻息を感じた次第です(笑)・・それはさておき、西嶋先生とも、大いに絡まさせて頂きたいと思います。

早速、栄光会様の会議で、笑いヨガのさわりをさせて頂きましたが、好評でしたよ・・西嶋先生。

話は変わりますが、10月3日日曜日の事でした。この日の夕方、久しぶりに妻と二人で、それも自宅で過ごします。なにげにテレビをつけ、『面白い番組がないかな~』とリモコンをいじっていましたら、目の玉が飛び出るくらいの番組に目が留まりました。

渡辺 淳さん・・・この方が主人公のドキュメント・ヒューマン番組です。

渡辺さんは、J-workout株式会社の代表取締役社長兼トレーナーの方です。

私もその番組を途中から見たので、断片的な情報になります。ご了承下さい。

渡辺さんは、幼い時にスポーツを行っていて、脊髄を損傷し、たしか、歩けなくなった経験をお持ちのようです。しかし、リハを含めた努力の結果、歩けるようになった経験を持つ中、アメリカに渡り、そのアメリカで、脊髄損傷をしている患者さんで、もう一度歩きたい・・と言う希望をお持ちの方々に対し、歩けるようなトレーニングとサポートをしている会社と出会われました。

そこで受けた衝撃・・その後彼は、その会社に入り、トレーナーの最高資格を取得し、現在、その会社から認定された会社を日本につくられました。テレビでは、足が曲がり、四つんばいもできない子供を抱えるお母さんからの依頼を受けて、その子の体を調べ、その子の持つ可能性を確認しながら、今現在で、どんな事ができるか実験している風景が写されていました。すると、四つんばいは、今でも出来る事が発見できたり、おしりに筋肉がついている事などが発見でき、そのお子さんが、四つんばい~歩行までの可能性がある様な内容が放映されていました。

また、就労支援センターも創られていました。身体的障害をお持ちの方で、中身は、普通の人以上のモノをお持ちの方でも、ちょっと身体が不自由という理由から、就職する事に対する壁があったりします。ちなみに、私も就職活動の際、東京に本社を置く会社52社を、飛び込み訪問しましたが、その際、忘れもしない〇〇という有名な会社から、この経験をあからさまにされた事がありますので、この活動の意義はわかるつもりです。

脊髄を損傷された方、体のどこかが不自由な方と面接し、本人の希望を聞き、本人がしたい仕事をする為には、自分の体をどうするべきか?どこを鍛えないといけないか?について話合い、そのトレーニングを行い、状況が改善する中で、就職に向けた支援も行う。これが、トレーニングとセットの仕組みとして運営されているのです。

私が、もし、脊髄損傷をし、歩けなくなったら、生きる希望を失います。多くの方は、そんな心持になるのではないでしょうか。そこに渡辺さんの様な存在がいると、どんなに希望のある人生になるでしょうか?

私は、是非、渡辺さんと会いたい・・と思いました。この人と、一緒に仕事がしたい・・この人に、福岡でも行って頂きたい・・この人の分身を創らんといかん・・と、勝手に自分で考えていました。

この渡辺さんの様な方は、社会が大切に育てて行く様な人財だと思います。実際、お会いした事がないでの、是非、お会いし、実感したい人です。

皆さん、1度、渡辺さんを覗いて見て下さい。

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人間見聞録・・理念塾

10月2日、熊本市にある社会福祉法人青山会さんの、理念塾に参加させて頂きました。

この日は最終日で、特に、長田さん(デイサービスの職員さん)が参加されており、長田さんファンとしては、参加させて頂き、とっても嬉しい日となりました。

9:00ちょっとすぎ  跡部施設長から、理念についてのお話があります。(遭難者が1名・・発見・・) いろいろな角度から何故その理念・・と言うお話をされました。そして最後は、跡部理事長の手紙を、くわのみ荘での風景写真に、サザンのメロディーに載せて拝見させて頂きました。

とっても胸に響き、とっても温かく、理事長のお人柄がにじみ出ている内容でした。この様な方の下で働ける方々は、とっても幸せだと思います。

その後は、グループワークです。 『あなたが、この施設のオーナーだったら、どんな事業展開をしたいですか?』でした。私は、このグループワークで、この研修のコーディネーターを努める才木さんの、絶妙なリードのお陰で(地域住民の鷹尾として・・・)、この中に溶け込める様になりました。元来、引っ込み思案ですので、才木さんのリードには、感謝です。

私は、この日、くわのみ荘の清田在宅部長より、才木真理子さんをご紹介頂きました。才木さんは、プランニングスペース『空知』を主宰されており、とても感受性が豊かで、ばねの利いた、リズミカルな方でした。そして、全体を前向きな心理状況に持って行く為に、ちょっとの大切な事をほっとかず、そこに微妙に鋭く食い込む粘り優しい、両面をお持ちのバランサーです。これ位、集中力のある方とは久方ぶりにお会いさせて頂きました。

皆さんは、2:6:2の法則という話を伺ったことがあると思いますが、このグループワークを見る限りでは、3:6:1の様なバランスになってた様な気がします。それ位、楽しみながらも、理事長の言わんとする事を、しっかり受け止め、皆さんが、理事長と同じ夢を、同じ想いを共有されていたと感じました。

その後、西島先生が登場し、いよいよラフターヨガの始まりです。

とっても美味しく、大量のおすそわけご飯を味あわせて頂いている間、ラフターヨガのビデオが流れていました。『ご飯を頂いた・・どうしよう。こんな積りではなかったのに・・このお礼をどうするかな~』と考えながら、ふとそのビデオに目をやると、『えええ・・・!!もしかして、今からこんな事するの?』

なんと、私が最も苦手とするワークでした。いわゆる『なりきる型』のワークです。

『嫌だな~』と心で想っている時、『これは、バカになりきらんと、できませんもんね。』と理事長が言われます。『理事長は、俺の心を見透かしている・・まずい・・』そう思いながら、どうしても変えることができぬ『嫌だな~』を、どうして変えようか・・それからはずーとそればかり考えていました。考えても、考えても妙案は浮かばず、『帰ろうかな~』と思った瞬間、耳元で『楽しまんか!!』の声が聞こえます。親父の声に似ています。

『そうか、楽しもう。緊張するけど楽しもう!!』『でも、何で緊張するんやろう?そうか、俺には変なプライドがあるんやな。安くて小さいプライドや。これを捨てればいいんだ。』

私は、毎回、この様な機会がある度に、同じ事を繰り返してきました。今までは、逃げていたし、お茶を濁していました。しかし、今回は違います。今までの自分打破!!です。

『皆さんの中で、こんなバカらしい事ができるか?と思っている人はいますか?』と西島先生が、開口一番言われます。私は思わず『ハイ』と、手を上げました。ここで、とっても優しい青山会のスタッフの皆さんが、『あははは』と笑ってくれます。笑いをとろうと思ってした事ではなく、『自分の心に正直に!!ちょっと無理してやってみよう!!』と言うコンセプトの下、このワークに参加した私にとっては、いきなり、緊張がほぐれるスタートとなりました。その後は、

ほぼ 絶・好・調!!

最後は、はアーはアーいう状態になりましたが、笑い・笑い・笑いの中から、ヨガを堪能する事ができましたし、自分を出す事、その場を楽しむ事、安っぽいプライドを捨てる事・・が出来た様で、『自分の心に正直に、ちょっと無理してやってみよう』のコンセプトに沿ってたんじゃないか?と思います。

帰りの車中、とっても寂しくなり、青山会の皆様の事を、青山会の西側に見える連山を見つめながら考えていました。

今、今後、この介護に関して、皆さんが、ご自宅で最後を迎えたい・・という希望がある中で、それが、全ての人に叶う様な時代にしたい・・と思っているのですが、それを可能にする技術が、現在そこまで整っていません。これらの技術を、誰でもができる様な技術を、跡部理事長率いる青山会のスタッフさんたちならできるのではないか?と言う想いが湧き上がり、すかさず、理事長と清田さんにお願いをした所です。

青山会の様な事業所が全国津々浦々にでき、自宅で死にたい・・と念願されているほとんどの人達の思いを叶える技術が、誰でもできる様になるようにしたいです。

跡部理事長、今から、ほ~んとに忙しくなりますよ。技術開発の一件は、宜しくお願いします。

理念塾を、11年も継続して行っている社会福祉法人青山会 跡部理事長に敬意を表し、今後、その理念に共感し、主体者として行動するスタッフの方が、何人も出現する事を、参加者の1人として、この会に出席したと事で、同志となりますので、共に願い・協働させて頂きたいと思います。

社会福祉法人青山会の皆さん!! 2日は、ホントにありがとうございました。

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人間見聞録・・母ちゃんに捧げるごめんなさい

いや~ 思い起こせば、私は母ちゃんに、数々の心配をかけてきました。今もなお継続中かもしれません。

幼い時から、切り傷が絶えず、自慢ではないのですが、100針以上縫う怪我をしてきていますね。その都度、その都度、母ちゃんに心配をかけてきたんだと思います。

私が、交通事故にあい、松葉杖をついている頃でした。

幼少時から私を可愛がってくれた叔母さんが、病に伏せ、病院に入院していたのです。私は、松葉杖をついてお見舞いに行き、当時焼鳥屋でアルバイトをしていた関係で、『〇〇おばちゃん、退院したら、俺が焼いた焼鳥をごちそうするけん。早く良くなってよ。』『あらホント。剛君が焼いた焼鳥だったら美味しいやろ。はやく元気にならないかんね。』そんな会話をし、おばさんを勇気づけている時に、その時・・がきたのです。

『剛君、お母さんを大切にしなさいよ。貴方のお母さんは、いい人よ。おばちゃんは、剛君のお母さんの真似ができん。』『ホント、そんな事ないよ。おばちゃんだったら・・・』『いつの日か覚えてないんだけど、剛君の家に行った時、剛君がガラスをわった時があってね、その時、お母さんは、怪我せんやったね。大丈夫ね・・と直ぐ声をかけながら剛君の所に走っていったんよ。私には、あれが出来ない。私なら、剛、またわったね。ガラスを片付けなさい。と言ってただろうね』『・・・』『そんな事があったん・・知らんかった・・おばちゃん、ありがとう。』

私は、凄く心配をかけている事を、その時はじめて気がつきました。ちょこちょこ怪我をし、その行き着くはてが、交通事故での骨折。それも真夜中。真夜中に、病院から電話があった時、飛び起きた・・と言っていました。

それから間もなくして、母が乳癌になり、大手術をしたのです。私としては、おばちゃんの言葉も含め、『まだ何にも親孝行していない』『もし、死んだら俺のせいだ・・』『どうしよう・・』そんな日々が続きました。

それから月日が経ち、私も親になり、子供も、当時の私と同じ年代になってきました。今になり、初めて気づく事もいっぱいありますが、最近になり、母ちゃんへの感謝の気持ちが自然とでてくる様になりました。今までそれができていなかったバカ息子を持って母ちゃんには申し訳ないですが、今から恩返ししていきたいと思います。

世の中で、子育てで悩んでいるお母さん、1人で子育てをしているお母さん、私の様な親不孝者でも、いつかは気がつきます。気がせく事があるとは思いますが、事の本質を教えてあげる様にして下さい。そして、亀の様にゆっくりコツコツと・・・

『1人になるな。1人にするな。』です。

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